セカイを眺めてみたら

アメリカ・サンフランシスコで国際学修士〜社会人デビュー

アメリカでの生活2年目をむかえて

 2回目の8月13日をサンフランシスコで迎えました。カレンダーをふと見れば、ああ、あれから1年経ったんだと。

 

よくあっという間の1年とか言うけど、

全然あっという間だったとは言えないし、

長かったとも言えない。

 

1年は、1年だったと感じられる。

 

先日、日本に帰国して久々に生で、友達、家族、お世話になった方々にお会いしてきたのだけど、全然変わらない〜と言われて帰ってきた。自分の中では、結構たくさん変わったことがあったのだけれど、はたからみれば何にも変わっていないのかなあと。

 

とは言え、日本に帰る飛行機に乗るまで、何が変わったかなんて考えてなかった。

 

でも、それは留学したから、の変化なのか、単に色々経験して歳を1年重ねたからなのか、どちらかというと後者だなあとも思う。

 

この後の話に矛盾が生じてくるのかもしれないけど、結局住んでしまえば、日本もアメリカも変わらないような気もしている。結局、人間は人間なんだもん。

 

留学という側面から見れば、課題が多くて全然落ち着いて寝れなかったこともあるし、部屋に3日閉じこもるとかザラだし、はじめは思った以上に英語ができなくてへこんだし、友だちは中々増えなくて寂しいし、そういう意味で試練だったなあ。

 

英語は少しは上達したし、友だちも増えてきたけど、孤独なものは孤独だし、その対処の仕方は今も勉強中。

 

何が変わったか、こっちにきて何が良かったかというと、自分の幅の狭さとありとあらゆることに対する実力不足を感じることができたことだと思う。

 

もともと自分は柔軟な考え方をする方だと思っていたけど、全然そんなことなくて、世の中なんにも知らないし、固定概念けっこうあったなあと感じることが多かった。自分の中の色々が崩壊していった...かもしれない。

 

...

 

まだまだ足りないけれど、前よりは多くの方向から物事を見るようになったような気がします。

 

そうこうしていたら、こうなりたい!って思いこんでいた目標も揺らいで、曖昧になって、迷子になってしまったのもこの1年。

 

NGOとか国連職員しか道を知らなかったけど、もっと別の道も断然ありだと、前より確信を持って言えるようになったことが自分の中での大きな変化かもしれないです。

 

メルボルン大学ではなく、サンフランシスコ大学を最終的に選んだのも、アメリカに行きたい!オーストラリアよりアメリカの方がいろんなものにアクセスしやすいはず!ダンスが本場のはず!何よりシリコンバレー近いってことは色々面白い人や考えに出会えそう!ってことだったのですが、この選択は間違ってなかったかなと。学校のネームバリューという意味では、どうだか知りませんが、今はこれで良しと思っています。

 

この1年、でも、なんだかんだ、愛とか孤独とか考えることが多かった。自分を支えてくれる人、応援してくれる人って本当に大事だから、大切にしなくては。

 

さて、アメリカ2年目はどうなるのでしょうか。既になんとなく感じる、これまでにない厳しい世界の存在...。わたしは無事にアメリカに生き残れるのか...。

 

乞うご期待!

 

その前に、修論&卒業成功できますよう、もう一踏ん張り、二踏ん張りです。

 

Yu

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